あらためて地方分権を考える(寄稿)

いつものようにローカル紙に寄稿したものを掲載させていただきます。

今回は法律論的な立場から今までと今後の地方分権についてまとめて(?)みました。

以下、掲載します。

国・地方の関係を「上下・主従」から「対等・協力」に改める地方分権一括法が施行され11年が経過した。この間、たとえば2004年には国・地方間の財政制度改革である三位一体改革が行われ、また、現政権与党である民主党は先の総選挙において地方分権改革をマニフェストの「1丁目1番地」として掲げ、これに国・地方の協議の場や自治体への一括交付金制度の創設を盛り込むなど様々な改革を行っている。

しかし、「では、本当に分権改革が進展し、市民生活が(良い方向か悪い方向かはともかく)変わったのか」といえば、そうでもない。少なくとも、そうした実感はないというのが、多くの市民がもっている印象だろう。

では、翻って「わが国はもともと中央集権国家だったのか」といえば、これも実は、そうでもない。

思想的にはすでに明治初期において福沢諭吉が『分権論』を著し、国は軍事、外交、貨幣を扱い、地方は人民の幸福、警察、道路橋梁堤防、学校社寺遊園、衛生を扱うべきと説いていたし、もともとわが国の地方自治制度はイギリスなどアングロ・サクソン系諸国のそれに比べ、国・地方の役割分担が不明確であって、権限の幅においては自治体にかなりの自由があったのである。

こうした状況のなか、地方分権一括法施行以前にあっても、全国の自治体は、国の動向に関わりなく、市民の行政需要に応えるため、あるいは、市民生活を守るために様々な取り組みを行ってきた。

たとえば、兵庫県川西市や東京都武蔵野市に端を発し、各地で制定された宅地開発指導要綱である。

1960年代、高度経済成長に伴う地方から都市部への人口流入が宅地開発を急激に進行させ、日照公害をはじめとする様々な都市問題を引き起こした。本来、こうした問題には国の法律である都市計画法で対応しなければならないのだが、当時の同法は内容的に不充分であり、また、旧地方自治法には土地利用規制権限が自治体にはないと解釈される条文もあったことから、法律や条例に基づかない宅地開発指導要綱を制定し、開発事業者に任意の協力を求めながら乱開発を防止した。今でこそ批判も多い要綱行政だが、当時としては画期的な政策のひとつであった。

また、同じ頃、東京都は、いわゆる工場公害問題に際し、全国画一の規制であった旧大気汚染防止法では市民の健康を守ることができないと、法律との抵触をも辞せず、工場の設置や大気中の有害物質濃度に関して同法を上回る独自の規制を加えた公害防止条例を制定した。同条例には当初「企業の経済活動を阻害する」との批判もあったが、世論の後押しで成立、結果的には1970年に開かれた「公害国会」において、旧大気汚染防止法が条例による上乗せ規制を認めるかたちで改正されたのである。自治体の政策(条例)が国(法律)を動かした(改正させた)先進的な取り組みである。

この2例以外にも自治体が国に先んじて行った取り組みは多数存在する。本市におけるダイオキシン関連2条例の制定や、近年、全国の自治体で行われている子ども医療費無料化施策もそうであろう。

元来、自治体行政は、自治体を国の「下請け機関」とみなす機関委任事務制度の存在もあって、国の「末端行政」だと言われ続けてきた。しかし、上述の通り、地方分権一括法施行以前にあっても、とりわけ市民に身近な課題について、自治体は国の「末端行政」ではなく、時代の「先端行政」であり続けてきたのである。

ところで、憲法94条は「地方公共団体は(中略)法律の範囲内で条例を制定することができる。」と規定し、これを受けて、地方自治法14条1項には「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて(中略)条例を制定することができる。」とある。これらの規定を文字通りに読めば、法律がすでに規制している事項を条例で規制することは許されないこととなる。他方、同じく憲法92条には「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」ともあり、同条の考え方を適用すれば、「地方自治の本旨」に基づかない法律は条例との抵触を考慮するまでもなく違憲となる。

一般的に「地方自治の本旨」とは、国から独立した自治体が自己の判断と責任において施策を執行するという「団体自治」の原則と、これらの施策はその自治体の住民の意思に基づいて行うべきとする「住民自治」の原則からなると解されているが、これからの地方分権を考える上においても、市民生活に則しつつ「地方自治の本旨」の意味・内容を深化させる取り組みが大切である。

公害防止条例を制定した東京都の事例はまさに「地方自治の本旨」に「市民の健康を守る」という新たな意味を付与し、憲法92条の観点から旧大気汚染防止法を改正させ、地方分権を進展させた格好の事例なのである。

以上

所沢市も“違法状態” 臨時職員へのボーナス支給

引き続き、12月定例会で行った一般質問の続きです。今回は、臨時職員へのボーナス(=一時金)支給についてです。

昨年9月、大阪府茨木市で条例の定めなく臨時職員に支給した一時金を違法とする最高裁判決が出されました。この判決では、

  1. 条例に定めのない臨時職員に対する手当等の支給は違法
  2. 臨時職員への一時金の支給が適法であるためには、当該職員の勤務が正規職員に準じなければならず、週3日勤務で正規職員の6割程度の勤務時間では違法

という裁判所の判断が示されました。

参考:裁判所ホームページ「判例検索システム」より

質問ではこの判決をもとに本市の現状を確認しました。

本市の臨時職員数と一時金支給総額

近年の臨時職員数と臨時職員に支給された一時金の総額は以下の通りです。

  • 平成19年度 (臨時職員数) 1,338 (一時金支給総額) 約2億  700万円
  • 平成20年度 (臨時職員数) 1,381 (一時金支給総額) 約2億1,300万円
  • 平成21年度 (臨時職員数) 1,453 (一時金支給総額) 約2億3,700万円
  • 平成22年度 (臨時職員数) 1,563 (一時金支給総額) 約2億6,700万円

行政改革や団塊世代の大量退職によって減少している正規職員数に対し、臨時職員数は増加傾向にあります。現在の正規職員数は約2,500ですから、臨時職員と合わせると、4,000人以上が市役所の仕事に従事していることになります。

支給根拠は条例に明示されているか

結論からいってしまえば、本市における一時金の支給も“違法状態”にありました。

地方自治法や地方公務員法では、給与額や支給方法は条例で定めなければならないとされているところですが、本市も、茨木市と同様、議会の議決を経なければならない条例ではなく、内規(臨時職員に対する特別賃金及び非常勤嘱託職員に対する特別報酬支給取扱要領)で定めていたのです。これは明らかに1に違反しています。

しかも、この内規における一時金の支給条件は、6ヶ月間雇用されている人、あるいは、6ヶ月間のうち10日以上勤務した月が5ヶ月ある人であり、勤務時間の長短は不問です。一時金の支給対象には「正規職員に準ずる勤務時間とはいえない職員も含まれている(総合政策部長発言)」のです。これも最高裁判決が示した2に反するものです。

市長や総合政策部長の答弁は「条例改正も含めた臨時職員制度の見直しにできるだけ早く着手したい」「臨時職員制度全般に整理すべき点が多いと認識している。今後、法に抵触することのないよう見直しが必要と考える」といったものでした。

本年度は約2億6,700万円が、4年間では約9億2,400万円の公金が違法状態で支出されている状況は早急に改めるべきです。

議会基本条例は制定したけど……。

所沢市議会では「申し合わせ」により所属委員会所管の議案について本会議では質疑できないことになっています。この趣旨は、本会議運営の効率性を考慮し、「所管の委員は委員会で質疑できるのだから、本会議では遠慮して」ということだと思います。

一昨日閉会した9月定例会には自治基本条例案が上程されましたが、総務常任委員会に付託され、同委員会所属の私はこの件について本会議で発言できませんでした。ところが、続く委員会審査では、関連する請願の審査もあって、条例案の審査は行わないことになり、この件について私は委員会においても発言できなかったのです。

もちろん、このようなことはほとんどないので「仕方がない」といってしまえばそれまでですが、事実、発言の機会はなく、これは「委員会で質疑できるのだから~」という申し合わせの趣旨に反するのではないかとも思うのです。

地方議会の運営に関する書籍を見ると、例えば、地方議会運営研究会『地方議会運営事典』(ぎょうせい、2002年)には「委員会に付託が予定されているものについては、質疑はあくまで総括的大綱的な質疑にとどめ、詳細は委員会で行うようにすべきである(p.108)」とあり、また、全国町村議会議長会『議員必携』(学陽書房、2003年)では「委員会中心主義をとる議会や委員会に付託する事件については、本会議では重要点又は概要の質疑に止める運用が適当である(p.306)」と、本会議質疑と委員会審査の関係についての言及に止まっており、所管委員の質疑を制限すべきとは書かれていません。要は本市議会が自らの判断でこのような申し合わせを定めて、本会議を運営しているのです。

ところで、本市議会は昨年2月に所沢市議会基本条例を制定しました。同条例には「議員相互の『自由闊達』な議論を展開しながら、市政の論点を明らかにして、政策立案及び提言を積極的に行っていかなければならない(前文)」「(議会は)『自由闊達』な討議を行い、市政の課題に関する論点及び争点を明らかにするよう努めること(第3条第3号)」とあります。この「自由闊達」とは「何事にも束縛されず、のびのび思い通りにやること」「心が広くのびのびとして物事にこだわらないさま」という意味のようですが、今回のできごととこれら「自由闊達」を強調する条文を照らし合わせて考えると、議会基本条例に即した議会運営にはまだまだ改善点が多々あるような気がします。

もちろん、今回のことはあくまでも一例に過ぎませんが、今後、このような課題を含め、会議規則や「申し合わせ」の全体的見直しを議会運営の詳細について検討・決定を行う議会運営委員会に提起していければと思います。

もっとも、その他の懸案事項も目白押しの委員会ですから、議論の俎上に上るまでかなり時間がかかるとは思いますが。