仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』

仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』(講談社現代新書、2009年)

ハンナ・アーレントは右にも左にも人気があるらしいです。私も人間の多様性を重視するアーレントの「複数性」という考え方が大好きで、彼女の著書はもちろん、彼女の思想を扱った概説書もいくつか読んでいるのですが、他の概説書と比べると本書はかなり変わったまとめ方をしていると思いました。

著者は、アーレントの思想を題材に、現在蔓延している「分かりやすい」言説を疑えと言います。確かに、近年、小泉元首相のワンフレーズ・ポリティクスやそれを批判する反新自由主義者の言説など、「分かりやすさ」が溢れているように思います。

「世の中そう単純ではない」ということは多分事実で、著者はそう言いたかったんだと思います。

アーレントは古代ギリシアやローマの都市国家における政治を参照しつつ、他者に言語や身振りで働きかける営み(アーレントの言葉では「活動」と言います)を人間の条件のひとつとしました。

単純で「分かりやすい」言説が溢れている現在だからこそ、こうした営みを大切にしたいものです。

木田元『反哲学入門』

反哲学入門木田元『反哲学入門』(新潮社、2007年)

リラックスしたい時や頭のなかをリセットしたい時、よく読むのが哲学関係の本。というか、哲学関係の本を読むと頭がリラックス、リセットされるといった方が良いのかもしれない。

原書やその翻訳は読み辛く、なかなか手にすることはないのだが、この手の解説本(?)を読むことは結構多い。

著者はハイデガーやフッサールなどの研究者として有名。

プラトン以降ニーチェの登場までの「イデア」や「神」「理性」など超自然的原理を設定して「自然」を見る思考法を「哲学」とし、西欧文化独特の思考法だとする。

これらの思考法に対して、ソクラテス以前の思想家やニーチェ、ニーチェの思考法を部分的に受け継いでいるハイデガーやメルロ=ポンティなど、「自然」に包まれて生き、そのなかで考える「自然的思考」を「反哲学」と称する。

西欧文化の行き詰まりの原因を「超自然的原理」による考え方にあるとして、ソクラテス以前の思想を復権し、西欧文化の危機を打開しようとしたニーチェや、ナチスに近づきながら文化革命を企てたハイデガーに関する逸話などが収められている。

「いや、わたしにしても、こんなことに気がついたのは、ずいぶんたってからです。先生にしても先輩たちにしても、当然デカルトの言う程度の理性はもちあわせているし、プラトンの言うイデアも日ごろ見つけている、カントの「汝なすべし」という「定言命法」も聴いたことがあるという顔をしていますから、そんなもの見たことも聴いたこともないなんて、とても言い出せる雰囲気じゃなかったですね。しかし、そんなふうに普遍的で客観的妥当性をもった認識能力である理性なんて自分のうちにありそうもないし、ましてやイデアだの定言命法だの見たことも聴いたこともないので、うしろめたいことおびただしかったんですが。」(p.37)

79歳にして以上の告白をする筆者。

表紙の帯には「日本人はなぜ欧米人の哲学がわからないのか、その訳がようやくわかった!」と書かれているが、普段の日常とはあまり関係がない(もしかしたら、ものすごく関係があるのかもしれない)、わからないことをぼんやりと考えることがリラックス、リセットにつながっているのかもしれない。