湯浅誠『岩盤を穿つ』

湯浅誠『岩盤を穿つ』(文藝春秋、2009年)

私の師匠である村上順・明大院教授は大学院の授業で「物事を伝えるのに重要なのは『概念化』だ」ということを仰っていましたが、筆者は「格差」という言葉から「貧困」を抽出、再概念化した張本人。

日本の脆弱なセーフティネットが「NOと言えない労働者」を生み、彼らの労働市場への再参入が正社員の低処遇化を進め、労働市場を愚劣化し、結果的に社会全体の活力を奪っているとしています。

その他、自己責任論の前提となる「選択可能性」についての話や、日本人の「貧相な貧困感」についての話など、大変興味深く、あっという間に読んでしまいました。

本書を読む前は、「貧困」を再概念化させ、年末には派遣村を創出。これだけで「活動家」湯浅誠氏の「勝ち」という気がしていましたが、一番感動したのは、本書に散りばめられている活動に対する「自己反省」です。

私の場合、運動をつなげていくという発想は弱さの自覚から生まれています。我々は小さいので、自分たちだけでは何もできません。「いろいろな人たちとつながらなければ、何もできない」という自覚があるから、一生懸命考えるのです。(P.188)

ちなみに、湯浅氏は所沢市在住と書いてありました。現在はわかりませんが。

仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』

仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』(講談社現代新書、2009年)

ハンナ・アーレントは右にも左にも人気があるらしいです。私も人間の多様性を重視するアーレントの「複数性」という考え方が大好きで、彼女の著書はもちろん、彼女の思想を扱った概説書もいくつか読んでいるのですが、他の概説書と比べると本書はかなり変わったまとめ方をしていると思いました。

著者は、アーレントの思想を題材に、現在蔓延している「分かりやすい」言説を疑えと言います。確かに、近年、小泉元首相のワンフレーズ・ポリティクスやそれを批判する反新自由主義者の言説など、「分かりやすさ」が溢れているように思います。

「世の中そう単純ではない」ということは多分事実で、著者はそう言いたかったんだと思います。

アーレントは古代ギリシアやローマの都市国家における政治を参照しつつ、他者に言語や身振りで働きかける営み(アーレントの言葉では「活動」と言います)を人間の条件のひとつとしました。

単純で「分かりやすい」言説が溢れている現在だからこそ、こうした営みを大切にしたいものです。

公会計改革研究会編『公会計改革―ディスクロジャーが「見える行政」をつくる』

公会計改革―ディスクロージャーが「見える行政」をつくる

公会計改革研究会編『公会計改革―ディスクロジャーが「見える行政」をつくる』(日本経済新聞出版社、2008年)

最近読んだ本のなかではベスト3に入る良書。

座長である神野直彦氏(東京大学大学院教授)以下、学者や首長、会計士などから構成される研究会のメンバーが公会計改革を様々な観点から論ずる。

実は、本書を読むまで、地方財政健全化法など一連の公会計改革にはあまり関心をもてなかった。というのは、行政がもつ財産(例えば、道路)を公正価格で評価したところで売却できるわけではないと思っていたし、福祉やまちづくりなど、どの分野にどれだけ予算を使っているのかについては、議会審議である程度判断できると考えていたからだ。

つまり、公会計改革が、現実の行政改革や市民への説明責任を果たすことにどう結びついていくのか理解できなかったからである。

本書は、このような点を含め、公会計改革が求められる背景から財務書類4表の見方に至るまで丁寧に解説してくれる。とりわけ、神野氏による第1章「公会計改革の視点」は素晴らしい。

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