マニフェスト再考(寄稿)

ローカル紙の新年号に寄稿した文章です。若干、加筆訂正してあります。

時間がかなり経ってしまったのでこっそり。


ご承知の通り、昨年10月に行われた所沢市長選挙において藤本正人新市長が誕生した。藤本氏の得票は38,655票、敗れた現職の当摩好子氏のそれが37,029票であり、その差はわずか約1,600票であったことからもわかるように、選挙戦はかなりの激戦となったが、大きな争点がなかったためか、あるいは公明党や日本共産党が推薦する候補者がいなかったためか、投票率は34.68パーセントと決して高いとはいえず(※1)、また、近年の選挙では「標準装備」となっているマニフェストについても提示したのは、現職の強みということか、当摩氏のみであった。市長と同様に本市の政治の一翼を担っている議会に議席を有している立場からはなかなか申し上げにくいのだが、同時期に世間の耳目を集め、大阪都構想――その詳細はともかくとして――という政策の是非を中心に争われた大阪ダブル選挙(※2)と比べてしまうと、投票率の点でも、政策が争われた選挙であったか否かという点でも、先般の市長選挙はいささか寂しい結果であった。

さて、このマニフェストだが、一般的に、政策の数値目標、実施時期、財源などを明示した公約と定義され、耳あたりのよいスローガンや単なるウィッシュリストであった従来の公約とは異なり、政策実現への道筋を明らかにし、かつ、事後検証可能な公約であることを大きな特徴としている。2003年の衆議院議員総選挙から国・自治体の選挙を問わず、マニフェストを掲げる政党・候補者個人が増え、国政選挙や自治体の首長選挙ではマニフェストを掲げる政党・候補者がひとりもいない選挙はないといってよいほど定着しつつある仕組みとなっている。また、上述の特徴のほかにも、マニフェスト、とりわけ、自治体の選挙において提示されるローカル・マニフェストには、住民自治の醸成という観点から、選挙に際して自治体が抱える現在の課題や目指すべき将来像を争点として、住民にわかりやすく情報提供し、市政に対する住民の理解を深め、市政への参加を推進させるという意義(※3)もある。実際、こうした目的をもつ要綱(「マニフェスト作成の支援に関する要綱」)を策定し、公職に立候補を予定している者に対して公平に情報提供を行っている自治体(※4)もあるようだ。

しかし、その一方で、マニフェストを掲げての選挙には多くの課題があることも事実である。ここではおもにローカル・マニフェストの課題について論じるが、例えば、政党・候補者(とくに新人)の情報や経験の不足から生ずる、すでに実現されていた事項やそもそも実現不可能な事項のマニフェストにおける提示や、選挙を戦う上で「マイナス」と考えられる事項の不提示、マニフェスト事項の実現のみへの傾注がもたらす社会経済情勢の変化に対応できない行政運営の硬直化(※5)、公約のたたき売り、住民のもつ自治の主体という側面を不明瞭にし、行政サービスの消費者という側面のみを強調してしまう可能性などである。

もっとも、これら課題の多くは選挙における政治家(候補者)のミッションと行政運営における政治家のミッションのズレに由来するものが多い。選挙における政治家のミッションはいうまでもなく得票数の極大化であり、当然、選挙に「マイナス」と考えられる事項を掲げる可能性は相対的に低くなり、逆に、実現不可能であっても選挙に「プラス」と考えられる事項を掲げる可能性は相対的に高くなる。また、多くの自治体の選挙の投票率が50パーセント以下という状況を考慮すれば、マニフェストだろうが従来の公約だろうが、50パーセント以下の選挙に行ってくれるであろう有権者の「部分最適」を提示できればよく、選挙区の「全体最適」を提示するインセンティブは働かない。場合によっては、マニフェストも従来の公約も提示しないという手法が得票数の極大化につながるケースもあるかもしれない(※6)。

しかし、選挙を戦った政治家の環境は当選を境に一変する。選挙時には得票数の極大化に「マイナス」な事項は避けて「プラス」を訴えることができたが、これでは実際の行政運営は覚束ない。政党や支持の異なる政治家はもちろん、官僚、他の政党・候補者に投票したであろう住民、投票を棄権した住民、さらには選挙権のない者をも対象とした「全体最適」を提示、実行しなくてはならない。そうでなければ選挙区全体の繁栄は望めないからである。ここに選挙における政治家のミッションと行政運営における政治家のミッションのズレがある。

話は少し横に逸れたが、申し上げたかったのはマニフェストという仕組みを一概に悪と判断するのではなく、こうした不回避的ともいえる状況のなかからマニフェストがつくられるという事実である。これらを踏まえた上で、被選挙人はより誠実にマニフェストの作成に取り組まなければならないし、選挙人はより慎重にマニフェストを解読しなければならないと思うのである。

※1 ちなみに、昨年4月に行われた所沢市議会議員一般選挙の投票率は41.18パーセントであり、これも決して高いとはいえない。

※2 大阪市長選挙の投票率は43.61パーセント、大阪府知事選挙の投票率は52.88パーセントであった。

※3 マニフェストについては筆者も昨年3月定例会の一般質問でとりあげ、当摩市長(当時)とその意義を確認しようとしたが、定例会の最中に東日本大震災が発生し、質問は文書質問となった。詳しくは、所沢市議会ホームページ「市政に対する質問」参照。

※4 例えば、岐阜県多治見市、愛知県一宮市、長野県小諸市、愛媛県新居浜市、埼玉県羽生市などには同名の要綱がある。また、三重県松阪市の山中光茂市長は同趣旨の条例を2012年2月議会に提案するとの報道がある。

※5 マニフェストに掲げた事項の撤回は反対勢力に絶好の攻撃材料を与えてしまうので、マニフェスト作成時とは社会経済情勢が変化していても無理やり実行してしまう場合がある。

※6 例えば「若さ」「誠実さ」などをウリに選挙を戦うことが考えられる。選挙戦の状況によっては、詳細なマニフェストなどの提示が得票数の極大化の邪魔になる場合すらある。

以上

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